先生、と叫ぶ声に振り返れる事が出来ない


生徒スザク×教師ルルーシュ
日記で短編連作中1〜3話。



【1】
 扱い難い生徒がいる。
 品行方正、眉目秀麗、才色兼備、そして副会長。ムカつくくらいに出来過ぎた彼を唯一問題児と賞しているのは、現時点に於いてルルーシュ一人しかいない。誰一人としてその本質に気が付かないのにも頷ける程、枢木スザクは出来すぎている存在なのだ。唯一の不得意なものと言えば、まぁ古典が苦手(母国語ではないから当然だ)とかそういう点だろうが、全て良すぎるとそんな短所は女生徒の間においては瞬殺され、と言うか寧ろ「そこが可愛い」へと昇格するらしい。世の中そんなもんだよな、とルルーシュは一人ごちる。顔も良くて賢くて運動も出来て、なんかもう欠点を欠点としない人間なんて反則だろう。それでいて男性にも嫌われていないなんて、人徳が成す業だろうか。それとも深いなにかが彼らの中にあるのだろうか。一教師のルルーシュには解らない世界の中心に、確実に彼は居る。そして、恐らくルルーシュはこの世界と言う名の社会、アッシュフォード学園内にて(若しくはこの世界において)、唯一彼を苦手とする人間だ。それに聡い彼は気が付いているのかもしれない。以前までは授業中、問題をランダムに当てていたのだが、無意識にスザクを当てようとはしなかった。今では順番通りに当てるようにしているが。
 ふと、視線をあげてルルーシュは教室を見回した。今現在、生徒達は必死に試験に取り組んでいる(一部既に諦め惰眠を貪る馬鹿もいるが)。が、黒鉛と紙の擦れる音だけが支配する教室で、一人だけ異色がいた。寝ているわけではないが、開始20分にして彼は問題を何一つ解いていない。シャーペンに触れてすらいない。ずっと窓側の席から校庭を見つめている。風が靡いて、時折甘栗の髪がふわりと揺れた。
「………っ」
 瞬間、スザクがすっと視線をずらしてスザクを見据えた。息が詰まる。重なる瞳が全てを隔絶し、まるで世界は二人だけのような錯覚に陥る。何処だ。深緑の中に捕らえられた己は真っすぐに見つめながらも情けない醜態を曝していた。
 ルルーシュが目を反らす事によって応酬は収拾した。途端、彼は小さく溜息を吐くように息をする。そして時計を確認して、シャーペンを手に取った。
 残り時間、35分。
 …さぁ、如何出る枢木スザク。
 挑戦的な視線は、どこか悩ましげにも見えた。




【2】
 ルルーシュは鍵を指先で回しながら、夜の寮を歩いていた。誰もいない闇の学校に一人きりなんて怪談話に良くあるパターンだが、今の所幽霊等に出くわした事はない。第一、ルルーシュは非科学的存在を居るとは思っているが、しかし手辺り次第に呪いやら何やらを仕掛けてくるようなものではないと思っている。
 そんな下らない事を逐一考えていたら、夜の見回りなんか別に苦でもない。しかも時間外手当も出るからルルーシュは喜んで寮長を引き受けた。正直、悪くない。
 いつも通り東館の鍵を閉め、本館へと階段を下る。かちゃ、と金属の擦れる音だけがルルーシュの耳を支配する。が、ふと漏れる光に気がついて、慌てて足を止めた。廊下に出れば、三階の廊下の電気が付いている。近付こうとした瞬間、急に踊場から人影が揺らめきびくりと肩を震わせた。立ち上がりかけた本人も目を見開き、ルルーシュの姿を確認した瞬間安堵の息をつく。
「…先生。」
 暗闇が取り巻き光を背にした逆光の中で、スザクの輪郭はぐらりと歪んだ。互いに隠し切れない戸惑いを含み、ただその存在だけを見つめる。
「………スザク、どうしたんだ、こんな時間まで。」
「すみません眠れなくて。見回りご苦労様です。」
「明日もテストだろう?余裕だな。」
 座り込むスザクを無視してルルーシュは廊下の電気を消し、小さな自動販売機室の中に入った。ポケットから100円を取り出して無機質なボタンを人差し指で押す。
 がこん、と情けない音を立てて黒い缶が堕ち出た。それと合わるようにして、枢木スザクは後ろから声をかける。
「先生、今暇ですか。」
「え?って、な…っ!鍵!」
 振り返ろうとしたルルーシュの左手から、すっと鍵を奪って、スザクは邪気のない風ににこりと笑った(否、十分に邪気は感じれた)。ルルーシュが手を延ばすよりも先に、スザクは自販機室の隣にある階段へと身を翻し、踊場から屋上へと続く階段を昇っていく。一瞬の逡巡の後、ルルーシュは慌てて後を追う。右手の珈琲が慣性に従う。屋上には果てない暗闇が迫る。階段を三段程度昇った時、天井から、がちゃり、と施錠の解かれる音が聞こえた。



【3】
 錆び付いたドアをゆっくりと押し開けば、室内とは違う宵闇が視界を覆い隠した。何もない黒に誘われるように視線を上げれば、遠くのフェンスに凭れるようにして窃盗犯が20メートル下を見下していた。ルルーシュは仕方なしに近付く。屋上は殺風景で蒸し暑いが、それでいて風は穏やかに凪いでいた。なんという矛盾だろう。苦手な生徒を前にして内心で辟易しつつ、光ない校舎を見下ろしていたら不可解な興奮が襲う。
「俺をこんな所にまで連れ出して、どうしたんだ。」
「少し話しでもしませんか。」
「…話?」
 訝しげに聞き返せば、スザクは振り返ってルルーシュを見据えた。その右手で、ちゃり、と鍵が揺れる。
 スザクは笑っていた。ある種諦めたようなその笑顔に、ルルーシュは恐怖する。
 ――…俺はこの笑顔を知っている。そう、これはまるで。幼い頃の自分だ。
「俺、避けられてるみたいだから。」
「そんなこと、」
「ないなんて言わせない。」
 スザクは歩み寄って、ルルーシュの腕を掴み、壁に押し付けた。ひんやりとしたコンクリートが布越しに熱を奪い、冷ややかな深緑の瞳が真っ直ぐに威圧する。
「先生だって、俺が気付いてるのを承知で距離置いてたんだろ。」
 その台詞に言い返す言葉もなく、年下相手に押さえつけられるのも情けなかったのでせめての反抗心でスザクを睨み付ける。スザクの顔は平生とは違い、ルルーシュを上から見下していた。生徒達に、笑顔を無償で振りまくその姿からは想像も出来ないほど薄暗い。優等生好青年からは打って変わって、そこ等の不良よりも性質の悪いそれに、ルルーシュは内心で嘲笑った。吐露された内側は、寧ろ心地よい程に黒い。
「……胡散臭い笑顔振り回してるからじゃないのか。」
 言って、ルルーシュは毅然と顔を上げた。
「先生には、そう見えますか。」
 戸惑いを叱咤して、ルルーシュはスザクを観察する。
 そう、これは昔の己と非常に酷似しているのかもしれない。ルルーシュはスザクのような二面性を確かに持っていた。全てに挫折して諦めた時から、片時も拭い去れないトラウマが、外面と内面を形成していく。それは仕方のない事なのかもしれない。今でこそ切り離して学園という閉鎖した空間で教鞭を持っているのも、考えてみればこれほど滑稽な事はない。
 ルルーシュは、重鎮される大企業社長の隠し子だった。
 母が亡くなって(他殺だろうと踏んでいる)、書類上父親に引き取られたものの其処にあったのは延々と繰り返されるスパルタ教育だけだ。正妻の子に負けじとひたすら机に向かって本を読み漁り、徹底的に使いもしない帝王学を叩き込まれたものの、所詮子息と張り合わせるための捨て駒に過ぎず、高校卒業と同時に父親とも縁切りした。以降は父親の傘下に居たアッシュフォード家の支援を得て適当に大学を卒業し、とりあえず取ってみた教職免許でその場凌ぎにと職も頂いた。アッシュフォードに借りた学費の返済をするためにも、とりあえず当面は寮監督という住居に住み、教職は続けるつもりである。が、まともな教育を知らない自分が、何故母校で経済学なんて教えているのだろう。詭弁垂れようと、ルルーシュにはそんな権利もないというのに。
 形成されたスザクの二面性を、可哀想とは思わない。ただ哀れに思うだけだ。自身を「俺」と呼んだスザクは、恐らく彼の本質なのだろう。
「………ああ。」
 ルルーシュは、精一杯の憮然とした口調で肯定した。結局、スザクに向けられていた嫌悪感は、もしかしたら同属に対するそれだったのかもしれない。
 一体今は何時だ。朝型には程遠い深夜に、屋上で二人何をしているのだろう。途端冷静になっていく頭で、ルルーシュは黙り込むスザクに懇願した。
「スザク、顔が近い。」
「そうだね。」
 懇願したが、軽くいなされて途切れてしまう。どうしようかと困惑した瞬間、掴まれていた右腕に力が込められる。
「どうせ猫かぶりだよ。極度のね。」
 ぼつりと呟いて、スザクは顔を伏せる。その両腕はルルーシュの肩に乗せられ、がくりと凭れ掛かって項垂れ、慌ててその身体を受け止めた。思っていたよりも体格差のある身長に、戸惑わなかったと言えば嘘になるが。
 威勢が消え、スザクは情けなく自虐的に笑う。
「……コンプレックスの塊なんだな。」
 教師が言う台詞ではない。ただ、何となくこの青年が哀れで思わず呟いてしまった。尊大で傲慢なのかと思えば、それを維持するだけの精神面はなく諦めやすい。
 ルルーシュの言葉に、スザクはふと顔を上げる。
「手厳しいな、そういう事言うんだ。」
 ただでさえ密接していた皮膚を更に近付け、スザクはその唇の触れ合う手前で薄らと微笑み、
「口止め、だから。」
と言って、ルルーシュを押し倒した。



070702〜0714
一応裏に続く予定です。
アッシュフォードは教育熱心で学校まで設立してたという。(なんて都合の良い設定!)