それはただ、甘いだけの


 クールミント、カシスライム、シャープミント、ダブルオレンジ、ミントライチ、。甘味料と着色料の塊の粒菓子には、意外と沢山の種類がある。いや、どれもミントに変わりはないのだが、売場には、ぱっと見違いのないケースがレジ前の棚を占拠していた。スザクはしゃがみ込んで、その鎮座する様を見つめている。途中、隣に来た高校生が欝陶しそうな顔で横からガムを取っていったが、あえて気にしない。これは死活問題だ。良い年した兄ちゃんが険しい表情で座り込んでいたらそりゃ確かに邪魔だとは思うが、ここを妥協してはならない。
 スザクはコンビニで清涼菓子(俗に言うタブレット)を買おうとして悩んでいた。この上なく、悩んでいた。隣ではバイトのリヴァルがチョコレートの配置を変えながら、面白そうに、かつ馬鹿にしたように笑っている。
「なんでも良いじゃん。」
「うんまぁ、そうかもしれないけど。」
「今からカノジョとデート?」
「今彼女いないよ。」
「だったら何でんなもん買うの?」
 んなもん、と言い切られて、返す言葉もないスザクは苦笑いで答えた。確かに、これじゃあまるで何処ぞのドラマか中学生日記だ。テレビみたいに上手く行くはずもないだろうに、と自嘲しながらスザクは情けない声で項垂れた。
「エチケット、かな。」
 エチケット、ああ笑えてくる。何が「清く正しくエチケット」だ、実際は不純極まりない目的がそこにあるのに。笑顔を絶やさず何も解っていないような人畜無害を装っていながらも、頭の中では健全な一般成人男子にしては行き過ぎた感のある劣情が常に駆け巡っている。今からルルーシュと会う約束をしているというのに、顔も合わせてない時からこんな事ばっか考えていて。
「………もしも、だけど。」
「うん?」
「もしかしたら、そーゆう事になるかもしれないし。」
 別にスザクとルルーシュは付き合っている訳ではない、のだけれど、関係は持っている。好きあっていないわけではない。事実スザクは高校時代に彼に告白紛いの感情を吐露した事があるのだが、解っているのかいないのか、ルルーシュからそれに対しての返答はなかった。別に気持ち悪がってるようでもなかったが、現時点に於いてはスザクの一方通行片思いに留まっている。時折(本当に、本当にごくたまーに)、処理を思い出したかのようなルルーシュがOKを出して行為に至ったりするのだが、恋人なんて呼称を付けた関係でない二人は未だに両手で数えるほどしかやっていない。(よくそんなんで持っているな、と自分で感心する。10歳から続いた淡い恋心は伊達ではなかった。)
「『そーゆう事』、ねえ……あるかなールルーシュに限って。」
「でもまぁ備えはしとかないとね。」
 生憎、据え膳を笑って逃せるほど余裕があるわけではない。寧ろ許されるのなら毎日だってスザクはウェルカム大歓迎だ。そんな事情を何となく察しているらしいリヴァルは、同情あらわに、かつ期待を否定するかのように呟いた。購入以降鞄にひっそりと忍ばされている避妊具を使う日は、未だに来ないのだけれども。
 何度か、女性で処理しようともしたのだ。が、にも関わらず、何故かふくよかな膨らみに欲情はせず、終始瞼に映ったのはそこにあるはずもない紫電の瞳だけだった。馬鹿だなぁ、と自分でも思う。流石にスザクでも、相手が高嶺の花と謳われ恐れられていたあのルルーシュだと、『もしかしたら』、という僅かな希望も棄ててしまうと言うのに。それでも諦めずにずっと思い続けているスザクはかなりの本気だ。生半可な想いなら、お友達の関係で満足していたと自分でも思う。しかもルルーシュはルルーシュで中途半端に受け入れるから中々に質が悪い。十歳で出会った二人が、もう二十歳を越そうとしていた。少しくらい、と言うか、もっと変化があっても良いはずなのに、僕等の感覚は未だに小学生レベルに留まっている!
「でもさぁ。そんなに悩むもんでもないだろー?」
「ルルーシュがこういうお菓子嫌いだからだよ。」
 そうか?とリヴァルは疑問を投げかけた。ルルーシュは経験からか、固形の錠剤に似た菓子は一切口にした事はない。が、リヴァルは付き合いがいかに長くとも相手の好みを推し量るのが苦手らしく、未だにルルーシュが甘党という事にも気付いていなかった。だからモテないんだよリヴァル、という台詞は友人の情けで言わないでおいたけれど。
「こんなもんか。」
 リヴァルはチョコレートの陳列が終わったのか、立ち上がって見栄えを確認する。生憎チョコレートの善し悪しなんて解らないスザクが相槌を打とうとした瞬間。
「いや、その新作イチゴ味はもっと上にした方が良い。それに、」
 黒とは違う、紫がかった艶のある髪を視界の端に確認し、スザクは卒倒しそうになった。
「どうせならミントよりもレモンライチが良い、俺は。」
 嗚呼。
「……」
 自然笑みが吊り上がったまま、スザクは無理矢理首を回す。振り返れば。焦がれる彼は至って真顔で、スザクの手元を見ていた。





 ルルーシュはスザクに手を引かれ、コンビニの隣にある路地裏に引き込まれていた。表の通りからは見えないよう、建物の角に押し付けられる。
「久しぶり、ルルーシュ。」
 にこやかに笑って壁に押し付けてくるスザクを凝視しつつもルルーシュは身体が全く反応が出来なかった。それでも数ヶ月振りに見た友人の相変わらずな姿に、少なからず安堵もしたが。
 ルルーシュは大学生になって比較的気楽に過ごしていたが、高校を出た途端正式な軍人として社会入りをしたスザクは、これでもかなり多忙な時期にあったらしい。電話なんか繋がった試しがないし、忙しいのを知っていながらメールするのも気が引けた。今はそれよりも切羽詰っていてスザクの声なんて耳には入らなかったけど。
「あ、ああ。そうだな。」
「待ち合わせの時間まで一時間もあるよ。」
「早く着きすぎたから雑誌を買いに来たんだ。」
「そっか。」
 なるべく当たり障りなくいつも通りに会話を続けようとしたのだが、いつもよりも至近距離にある顔に内心かなり焦っていた。と、言うか何だろうこの状況。なんで路地裏。なんで俺は拘束されている。戸惑っていると、スザクは片手でルルーシュを引き寄せた。僅かにルルーシュの肩がビクリと震える。
「ルルーシュ」
「…なんだ。」
「さっきの、どういう意味?」
「さっき?」
「どうせならミントよりも、ってやつ。」
 あれが、どうかしたんだろうか。ポケットから出したタブレットを右手でカシャカシャと降り、目線で先を即せばスザクは綺麗に笑う。
 この笑顔が嫌いだった。まだアッシュフォード学園に居た時、告白のような、そうでないような微妙な台詞をスザクに言われた時も、スザクはこんな雰囲気だったから。有耶無耶にして何となく平行線のままここまで来たけれど、正直を言えばルルーシュは未だに戸惑っている。スザクは笑う。その笑顔は暗に二人の関係を、確かな言葉として求められているようにも感じた。タブレットがカシャカシャと鳴る。
「僕は『どうせキスされるなら』って解釈したんだけど、それであってる?」
「…深い意味があったわけじゃない。」
「うん。」
 馬鹿だと思った。こんな小細工に頼らないと進めない二人が。逸そスザクが無理矢理にでも押し通してくれたら良かったのに、スザクは変なところで遠慮する。十歳で出会った二人が、もう二十歳を越そうとしていた。少しくらい、と言うか、もっと変化があっても良いはずなのに、俺等の感覚は未だに小学生レベルに留まっている!
「ルルーシュ、キスして良い?」
 そう言いながらもう触れ合っている唇に、ルルーシュは項垂れる。レモンのような、ライチのような、微妙な味が広がっていく。ああ、これも微妙。いつだって、二人の間に進展はない。
(……―あまい)
 ただ、口に広がるもの。それは。


070506
タブレットが最近ブームなだけ