贅沢を言えば、僕は君が欲しい

 嗚呼、もう駄目だ。そう覚悟を決めた瞬間、スザクは右手で枕傍の携帯を手探りで探し出し、慣れた手つきでリダイヤル画面を開いた。忙しいのを知っているから別に頼るとか、そういった目的があったわけではない。一言、今日の生徒会には出れないと伝えて貰えばそれで良かった。その相手はルルーシュである必要は全くなかったのだけれど(寧ろ彼の場合だと心配して家にまでやって来る可能性があるから避けたかったのだが)、生憎スザクが気軽に連絡を取れる間柄は今の所ルルーシュしかいないため仕方ない。こういう時、学校って面倒だなと本気で思う。事務的な世界にずっと身を置いていたスザクには、学校内の付き合いに煩わしさを感じていた。
 一瞬、無機質な番号を見つめて迷ったが、気がつけば親指で通話ボタンを押していた。数回のコールの後、聞き慣れた声はスザクの身体に心地良く広がる。掠れる声で用件を言えば、珍しく彼は狼狽して。
「……風邪?お前が?」
 狼狽、と言うか、何と言うか。その声は心配よりも、寧ろ感嘆の音色を含んでいた。失礼な話だ。いかにスザクが体力バカでも、人間なのだから風邪くらいひく。猿だって木から落ちる。そう反論したら、バカは風邪ひかないっていうのは嘘だったんだな、と綺麗な声で揶揄された。





 鳴り響く着信音が、スザクの耳について離れない。煩いな、と他人のものであるそれを布団の中から見やれば、サブ画面にはゴシック体で見知った名前が点滅していた。ああ、電話。
 部屋の扉が開く音を聞いて、スザクは右手に持っていたルルーシュの携帯を慌ててサイドテーブルに置く。
「ほら、薬。」
 差し出されたコップを受け取りながら、とりあえず申し訳なさそうに謝った。いや、事実申し訳ないのだが。
「…ルルーシュ、ごめん、」
 予想通りでもあり期待通りでもあったのだけれど、電話で用件を述べれば、彼はひとしきりの文句を言ってスザクの部屋にやって来た。無理をするからだ、とか体調管理くらい、とか。静かに威圧する小言も、慣れてしまえば心地良いものだ。彼なりの心配なのだから別にスザクが反論する事でもないし、また全て事実なのだからするにも出来ない。睡眠も少ない。食事も不規則。休日なんてあってないようなものだ。が、休日出動の日、セシルに申し訳なさそうに、「いつもごめんね」と謝られれば不満など言えるはずもなく。(もしかしたら、断れないスザクの性格を考慮した、彼女の計算のうちなのかもしれないが、軍属となった自身に人並みの休日があるなんて思ってなかったからまぁ良いとする。)
 それでも、確かに疲労は溜まっていた。ルルーシュの掌がスザクの額に触れ、冷たい体温が心地良く広がっていく。悪くないな、と瞳を閉じてその感触に浸った。
「…なんか、懐かしいね。」
「昔、こうやってスザクの看病をしたな。」
「うん。僕が治った途端、今度はナナリーに移ってさ、最後はルルーシュが不眠で倒れて…」
 思い出せば、いつもルルーシュは走り回っていたように思う。その日常の中で、皇族の彼は彼なりに家事を学んでいったのだろう。ルルーシュが今日来て作ってくれた粥は、粥のくせに美味しかった。
「……俺はいつもお前達に振り回されっぱなしだ。」
「そう、かな。」
「ああ。」
「そっか。そうかも。」
 でもルルーシュだって自分勝手だ。ナナリーがいれば、「似たり寄ったりです」と笑われていたかもしれない。そう呟けば、仕方ないな、とルルーシュは口元で苦笑した。驚くべき事に、自覚はあるらしい。
「とにかく今日は休め。」
 サイドテーブルに置いてあった携帯を手に取って、ルルーシュは一考した後メールを打ちだした。恐らく相手はあの女の子だろう。さっき電話がかかっていたから。勝手に着信を確認したから知っているのだが、その旨を伝えて良いのか。軽蔑されるかもしれない。
「ルルーシュ。」
「なんだ。」
 聴きたい。聴いて良いのだろうか。気になる、けれど。軽蔑、侮蔑、後悔、不安。そんな感情が渦巻いて、スザクの胸を突き刺していく。弱いから、そういった感情に虚弱だから、いつもルルーシュの中には簡単に踏み込める。本当は知っているのだ、ルルーシュが優しいって事くらい、七年前からずっと。彼はどんな場合だって優しいから、僕は付け入って甘えているだけに過ぎない。狡猾で、自分でもその見苦しさに自嘲する。ただ純粋にルルーシュを好きだと言うシャーリーよりも質が悪い。
「君は、あのシャーリーって子と付き合ってるの?」
 いや、とスザクは否定する。もしかしたら、彼女もルルーシュの優しさに甘えているのかもしれない。
「スザク、何故、しかも今、そんな事を聞くんだ。」
「…少し興味があったからかな。」
「興味?シャーリーにか?」
「どっちかと言うと君の好きな女性のタイプに。」
 一般男子学生としては、これはまぁ無難な質問だろう。本当は、君が好きだから、というフレーズを後ろに付けたしたかったのだが、流石にないに等しい理性がスザクの本能を押し止めた。今告白してどうする。掠れた声で熱にうなされている情けない男に、高貴な彼は一瞥するか、若しくは当然の如く受け止めるかのどちらかだ。まぁ高貴であり、なおかつ知的に傲慢な彼だから十中八九、後者だろう事は推測するが。
「彼女には俺以上に似合う男がいるさ。勿体ないくらいだ。」
「君は彼女が好き?」
「…スザク、」
「ごめんごめん、」
 笑ってごまかすのにも随分慣れた。ふと思う。今の自分は情けない姿ではあるけれど。
「……正直を言えば、手に余っている。」
「うん。」
「……誰にも言うなよ。俺は今のままで良い。」
 シャーリーだって悪い子ではないんだ、と呟いてルルーシュは端正な顔を顰めた。
「わかった。ルルーシュは巨乳あんまり好きじゃないんだね。」
「…論点はそこか?」
 ルルーシュが冗談めかして笑う。今の自分は情けない事に情けない顔で情けない醜態を好きな相手にさらけ出す情けない男だけれど、彼は優しいから、もしかしたら今は、俗に言うチャンスではないだろうか。ルルーシュは優しい。体力馬鹿で有名なあのスザクが風邪をひいている、というこの状況。しかも場所はスザクの部屋。追記するなら二人きり。ああ、しかも明日は日曜日だ!そういえばセシルさんが倒れた事に負い目を感じたのか「今なら軍も暇だから、数日休暇いれるわね」と今朝電話をくれたのを思い出す。つまりはスザクも明日は休み。TPOはバッチリだ。
(…もしかして、かなり美味しい展開?)
 不意に自覚した瞬間、解熱剤で下がったはずの熱がスザクの奥底から込み上げてくる。いやまて。と警鐘が鳴る。いやしかし。と警鐘が鳴る。熱で魘されているスザクの頬を、ルルーシュはそっと片手で触れる。ああ、そんな事をされたら、その白い肌の下に隠している乱れた色を見たい欲望が揺らめいて来るというのに。
「ルルーシュ、」
 名前を呼んで、その腕を掴む。力を入れすぎたのか、ルルーシュは小さく悲鳴をあげて携帯を落とした。ちらりと横目で画面を見れば、まだメールは送信されていない。内心でほくそ笑み、スザクは意外にも冷静な自分に自分で驚いていた。何だ、思っているよりも余裕じゃないか。多分、それはルルーシュがスザクを拒絶できないと知っているから。
「スザ、ク?」
「駄目だよルルーシュ。そんなに油断してちゃ。」
 さて、何から話そうか?実力行使既成事実も悪くはないけれど、まずは言葉にしてみようか。ルルーシュはどんな反応をするだろう。恐らく、どれも期待を裏切らない表情になっているはずだ。
 好きだと言うのは一番最後。とりあえず最初はやんわりと誘導していこう。
「もし、彼女に疲れてるのなら僕が代わりをしてあげるよ。」
 ルルーシュの頬に汗が伝う。ルルーシュの瞳にスザクが映る。嗚呼、もう駄目だ!何度めかも解らない悪態を内心でついて、スザクはルルーシュの顔を両手で包み込む。今なら解る、理性なんて最初から僕にはなかったのだ!
 最高の口説き文句を君に捧げて、スザクはルルーシュが動揺して動けないでいるのを幸にと、その形の良い唇を自らのそれで塞いでやった。



20070428
カミングアウトまであと三秒!

シャーリーごめん